ハッピーサイエンス牧場

ある製薬会社が画期的な薬を発明した。一錠飲むだけで気分が晴れやかになるという薬である。マウスによる実験も成功し、この薬は「ハッピーサイエンス」と名付けられ市場に売り出された。薬はたちまち評判を呼び、売り切れる店が続出し量産体制が整えられた。

会社でミスをしたときに一錠飲むことによって気分が落ち着くため仕事が楽しくなるということで飛躍的に生産性が向上した。これによりこの製薬会社は国内でトップシェアにまで上り詰めた。また、他の製薬会社はこのような薬を発売することにより、気分が落ち込んだ時には薬を服用するという光景が日常のものとなった。

そんなある日のこと。ひどく落ち込んだ気分をした男が自宅に帰ってきた。どうやら彼女に振られたようである。
「クソッ、あんな女だと思わなかった。今まで付き合ってきた女の中で一番最低な女だよ」
そんな怒りにまかせた男が、一錠でいいのに薬を大量に服用してしまったのである。

効果はすぐに表れた。体がボーッっとした感じになるのだ。通常ならば3分ほどで高揚感は収まるのだが、今回の場合はいつまでたっても収まらないのである。半笑いになり、涎を垂らしながら「アハ、アハハハハ……」と喋り続けているのであった。

玄関のドアが開き、男性二人が男の家の中に入ってきた。制服を着て腰には拳銃を装備している。まぎれもない警察官である。二人は男の姿を捉えると、男を抱えて家の前に止めてあったパトカーに連れていく。男は抵抗する様子はない。相変わらず半笑いを続けている。
「様子がおかしいと通報があったのだが、やはり追いかけてきて正解でしたな」
「この様子では自分が何者であるかも忘れてしまっているようです。こうなってしまった以上、治療は難しいでしょう」
パトカーは警察には向かわずにとある施設の前に到着した。白亜の色をした建物には窓がなく、そことない恐怖感があった。
入口の前には白衣を着た女性が到着を待っているようだった。警察官二人が男を連れだした。男はまだ先ほどの状態と変わっていなかった。「それではよろしくお願いします」と言うと、警察官二人はパトカーに乗り込み帰っていった。

建物の中に入った二人は、まず医師に男を見せた。瞳にライトを当てると、目が泳いでいるようであった。次に脳内のMRIを撮影する。それを見た医師はカルテに「処置見込みなし」と赤字で記入した。医師は看護師に男を3階へ連れて行くよう指示を行った。

エレベータで3階へ上がると、そこには数十人の男がいた。どうやら同じ症状を発症しているようである。看護師はそこに男を連れて行き、男を残してエレベータで階下へ降りて行った。

この施設であるが、部屋などは存在しない。なぜならば自分が何をしているのかすらわからないため、同じところに留まることができないためである。
食事は毎日3回、ドリンク剤として提供される。このドリンク剤には薬が混ぜられており、患者は常に薬を飲むようになっている。何せ彼らは二度と自分というものを認識することができなくなっているのである。薬が切れたら何をしでかすかたまったものではない。それならば薬漬けにしておくというのがよいと考えられたのである。

男がこの施設に連れてこられてから3ヶ月が経過した。すでに立って歩くことすら困難な状態になっている。言葉も話すことができず、ただ人形のようにボーっと一日を過ごすだけになってしまっていた。食事は看護師に食べさせてもらうという状態にまでなっていた。そこに医師と看護師が入ってきた。
「そろそろですな」そう言うと医師は看護師から薬剤の入った注射器を受け取り、男に注射をした。男は息を引き取った。

男は幸せであった。今までも、そしてこれからも。永遠に終わることのない幸せ――。


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