城中電鉄 

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4分の遅れ

 4月。新しい生活に期待で胸を躍らせる時期である。そんな季節がまたやってきた。新年度が始まるわけで、特にこの時期は混雑するのである。学生も社会人もこれから1年間何が起こるか楽しむ、そんな時期である。しかも今日は月曜日。週の始まりも相俟って、駅にはかなりの乗客が居りごった返していた。ただ、今日はいつもの春の陽気とは違っていた。そう、雨が降っているのである。
 昨晩から降りだした雨は、止むこともなく今でも降り続いていた。大雨警報が発令されるでもなく、かといって小雨とも違う、通常呼称されるであろう雨が降っている。私がいつもどおりに駅に着くと、すでにかなりの人が駅にいて電車を待っている。時は7時55分。いつも乗る7時59分の電車を待つことにする。
 城中電鉄は、地方私鉄でありながらラッシュ時には普通列車を6分に1本運行するという、かなり恵まれた路線である。ホームで待っていると、アナウンスが流れてきた。
「お客様にお知らせします。今度1番線にまいります7時59分発の電車はただいま4分ほど遅れております。皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、もうしばらくお待ちください」聞き取れた感じだとこういう風にアナウンスがあった。
 列車が遅れるーー利用者にとっては嫌な光景である。しかし、遅れる要因は存分にあったのである。
 知ってのとおり、レールは金属でできている。車輪も金属である。鉄道は車輪をレールにかませて走らせている。金属と言うのは乾いた状態が望ましい。水がつくと滑るからである。滑るということは、列車を走らせにくいということになる。ブレーキの利きも悪く、これが俗に言う「空転」という状況である。これが電車が遅れる技術的原因となる。
 また、雨により傘を差して駅にやってくる。昨日の夜から降っているため折り畳み傘ではないだろう。よって傘の分だけ乗客が乗れないということになる。
 加えて、いつもなら徒歩や自転車で通う人も、この雨では電車を使うという人も多い。それに新学期というのも混雑に拍車をかけていた。
 ホームには駅員が立っている。いつもならもっと少ないはずだ。恐らく乗客を捌くためなのだろう。私が電車を待っていると、ちょっと年を重ねたと思われる男の人が駅員のもとに行って、なにやら大声で話している。
「なんで電車がこねえんだよ! ふざけんなバカ野郎!!」、私にはそう聞こえた。駅員さんはその男の人に諭すように「申し訳ございません。お客様の乗降に少々時間がかかっているようでして…」と謝っている。それを聞いた男の人は納得したのかどうかは分からないが駅員さんから離れていった。少し考えれば分かるものなんだけどな……。そんなに遅れるのが嫌ならもっと早く来ればいいのにと心の中で思う私であった。

 8時2分。定刻より3分遅れで電車が入線してきた。泰原台駅と春詠川駅の間はそんなに長いわけではない。それを約1分取り戻したというのは相当な運転テクニックである。 そんなわけで、運転席の後ろで運転を見てみたいと思ったので、先頭車両に乗り込むことにした。ここ、春詠川駅は住宅地なので、降りる乗客より乗る乗客の方が圧倒的に多い。車内はたいぶ混雑しているようだが、偶然にも前の扉からは何人か降りたため、運転席の目の前を確保することができた。
 入線してきた電車は600形電車というやつで、いつも乗っているから分かるんだけど、とてもよく走る電車である。ただ、この雨の日に走るとその「よく走る」という利点が逆に仇となってしまうんじゃないかなとは思う。
 いつもより待ち時間を少なくしてドアが閉まる。加速力は600形ならではで一気に100キロ近くまで加速していく。100キロ近くまで行ったら「力行」という表示が消えて80キロ程度で進んでいく。その仕方がいつもより早く感じられる。いつもならば70キロは出すところを80キロを維持して走る。次の商業高校までは距離が短い。いつもよりブレーキを入れるのを遅くしているようだ。
 知ってのとおり電車には最高速度というものがあり、それ以上のスピードを出してはいけない。城中電鉄は100km/hが最高のようである。それでは遅れが取り戻せないではないかと思うけれど、最高速度は上げられなくとも最低速度を上げるというのは出来るのである。つまり、今日のように遅れが大きい場合はホームに停車する時間を短くしたり、ブレーキをかける時間を遅くしたりすることによってトータルのスピードをあげるわけだ。100km/hは上げられない。でも10km/hを20km/hになら上げることができるわけだ。
 ただし、無闇やたらにあげるのかといえばそうではなく、いつもより速く、それでいて安全に支障がないようにすればいい。遅れがあってもいいわけだ。ぶっちゃけてしまうが、遅れはアナウンスでお詫びすればいい。しかし、スピードの出しすぎで脱線をしてしまえば数十人という単位で乗客が怪我をしてしまうし、場合によっては死者が出てしまう。地方私鉄である城電においては信頼が失墜し、ひいては廃線になってしまうかもしれない。それは絶対に避けなければならない。
 ……そんなことを思っていると城中商業高校駅のホームが見えてきた。運転手がブレーキをかけながら減速。ほぼ停車位置で停車した。詰襟やセーラー服を来た高校生が多いようだ。降りると友達を見つけたからなのか、一緒に歩いていく。実にほほえましい光景である。
 ところで、城中商業高校駅は城中電鉄で標準的に使用されているホームなのだが、その特徴として、屋根がちゃんとホームに被さっていない。そのため、前のドア1枚分ぐらいには屋根がないのである。しまった。これでは雨に濡れてしまうではないか。私としたことが何たる不覚。だが冷静に考えると自分が降りる駅は城中駅。立派なホームであった。ちゃんと全ての車両を覆うように屋根があったのであった。これなら濡れる心配はない。よかったよかった。
 城中商業高校も今日は入学式と始業式のようで、生徒が大勢降りていった。きっと玄関に貼り出されたクラス編成表を見ながら一喜一憂していることであろう。
 乗客が降りたところを確認して車掌がドアを閉める。降りる人が多いため、ドアをいつもより長く開いていた。気になるので腕時計を見てみると、15秒程度であっただろうか。それでもいつもと同じ時間を確保したところを見ると、すばらしいテクニックである。もう神の域といっても過言ではない。それくらい感動した。少しでも遅延を回復するために短い駅間距離でも速く走って10秒でも回復させる。すばらしいものを見た。
 商業高校前駅から次の二の丸公園駅までは距離があるほうで、ここで如何に回復させられるかが見ものである。発車して10秒程度で100キロ近くまで乗せ、すこし緩めて80キロ台で進んでいく。600形という電車と長い駅間距離ゆえの芸当なのだが、通勤電車に乗っているのに特急に乗っているかと錯覚してしまうような走りっぷりである。ただ、ステンレスの車両の特徴からなのか、ドアが振動してしまうのは頂けないが……。ここは700形の方が振動がなくて個人的には好きなのだが。
 そんな運転手のハンドル捌きを見ているとすぐに時間は過ぎていく。あっという間に「次は城中、城中です。JR線はお乗換えです」のアナウンスが車内に響き渡る。もうこんな時間だったのか。北城中駅で高校生がかなり降りたのか、車内は少しばかり空いたようだ。北城中駅と城中駅の駅間は一番短いので、ここも先ほどと同様に600形の力が存分に発揮される区間である。
 城中駅に到着。駅では「お客様には電車が遅れましたことをお詫び申し上げます」とのアナウンスが入った。どうやら2分遅れまで持っていけたようだ。これならば終着駅の鐘ヶ浜にはほぼ定刻通り着けるだろう。本当にお疲れ様でした。そう思いながら改札を抜け、傘を差しながら会社に向かった。
 さて、遅延の原因を作った雨であるが午後3時頃には止んで、夕方には西日が差していた。そうなると忘れ物として多くなるのが傘である。御宿駅の忘れ物預かり所には車内に忘れた傘が山のように運び込まれてきた。「今日は定期券を購入するお客様で長蛇の列で、そのうえ傘の忘れ物ですよ。勘弁してくださいよ〜」という怨嗟の声が響き渡ったのは言うまでもない。

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