城中電鉄 

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花見大会
 二の丸公園前駅。淡島城に一番近いこともあり特急が停車する。ただし、駅自体は2面2線と普通列車のみの停車駅と同様の構造である。それもそのはず、80年代までは普通列車のみが停車する駅であった。それは、城中電鉄という路線の性格上、観光地の路線ではないからである。というわけで、普段は特急が停車するといっても一般の駅と同じ、いや近くに住宅地がない分乗降客は少ないのだが――、は閑散としている。
 そんな二の丸公園駅が年に数回多く利用されるときがある。春の花見、夏の高校野球地区予選、秋の「城中まつり」の3つの三本柱が主な稼ぎ頭である。今回はそのうちの一つであるところの花見の話。
 私が「春日荘」に入居してから数日が経ったある日のことである。まだアパートには開封されていないダンボールが何箱か置いてある。ものぐさだから、どうも片付ける気が起きないんだよ奥さん……。
 いつものように会社で仕事をしていると上司の城島課長から、
「今度の土曜の夜、君の歓迎会を兼ねて、二の丸公園で花見をやろうと思うのだが、大丈夫かね」
と訊ねられた。幸いにも予定は入っていなかったので、快く了解した。聞くところによると職場の半数以上が参加するようだ。とは言っても総員30人も行かない職場だ。半数が参加しても普通の会社だったら1部署と同じような人数である。このこじんまりした感じが私は何となく好きなのである。そうそう、転勤初日に挨拶をしたのだが、職場の全員が私のことを快く受け入れてくれた。
 さて、土曜になった。いくら自分の歓迎会を兼ねているからと言っても、何も用意しないというのも図々しいだろう。というわけで、近くのスーパーマーケットに買い物にやって来た。私が住んでいる春詠川駅は、静かとはいっても駅の近くにコンビニの一軒すらないような場所ではもちろんない。駅前にスーパーマーケットが1軒ある。規模はそれほど大きくないものの、1階が食品で、2階に日用品や衣類などが売っているようなそんなスーパーマーケットである。
 何を買うかを検討した結果、酒とつまみならば多くても大丈夫だろうとの考えに達し、缶ビールを4箱(24本)と「おつまみセット」なるさきいかや柿ピーなどのバラエティパックのようなものを2袋買い込んでスーパーを後にした。
 春詠川駅から二の丸公園駅までは電車で2駅、約3分で到着する。そんな短い距離なら歩けというかもしれないが、両手に缶ビールが入ったビニール袋を提げて歩くとそれだけで疲れてしまう。ましてや今買ったのは駅前のスーパーである。よって、この場合は電車に乗るのが道理といえよう。
 宴は18時より始まるのだが、少し早くに着いて城を見るというのもまた一興である。そこで、17時03分発の普通鐘ヶ浜行きに乗り二の丸公園を目指すことにした。
 土曜日の夕方というのにホームには多くの人がいた。多くがサラリーマン風の人たちで、中には家族連れも見かけた。高齢の人の一団も見える。どうやら二の丸公園で夜桜を楽しむ人たちが多いようだ。
 17時03分。定刻通りに鐘ヶ浜行き普通電車が入線してきた。3分後には二の丸公園に到着する。次の商業高校前駅でも、ホームには多くの乗客が待っている。商業高校前駅を発車したあたりで車内にアナウンスが流れる。
「次は二の丸公園、二の丸公園です。本日は花見のお客様が多く、大変混雑致しますので先に切符をお買い求めいただきますようお願いします」
 私はこのアナウンスのようなことを聞いた覚えがある。あれは確か夏のことだった。私の実家からは海沿いに向かい走る鉄道路線が通っているのだが、花火大会の際に同様のことをアナウンスしていたと記憶している。
 二の丸公園に着くと、ホームには多くの乗客でごった返していた。恐らく花見が終わって帰る客と、これから花見に出かける客の二通りだろう。ホームにはいつもより多くの駅員が配属されているようで、笛を吹きながら誘導している。出口はこちらのホームにあるため、すんなりと駅から出ることが出来た。
 そうそう、車内アナウンスで「切符は最初に買っておくこと」とあったが、私は春詠川と城中間の定期券があるため、切符を購入する手間が省けた。
 駅を出ると、すぐポールに「二の丸公園」が城のピクトグラムと共に矢印で示されており、また、二の丸公園へ通ずる道も道なりのようで、迷わずにすむ。昔、小田原城に行ったときは細い道に入らないといけないため多少迷ってしまったのだが、これなら大丈夫のようだ。…とは言っても、二の丸公園に向かうのは私だけではない。私より前に同じ道を行く人がいるようで、その人についていけばよいのだが。
 10分程度歩いただろうか。坂になっている入り口か見えてきた。どうやらここが二の丸公園のようだ。中に入るとすぐにほぼ満開の桜が私を出迎えてくれた。桜の本数はかなり多いようで、少しずつ暗くなっていく景色とちょうどマッチしており、乙なものである。
 その桜並木の道を歩いていると、脇にロープがしてある。恐らく通路と宴会場所を仕切っているようだ。そこのところは配慮がされている。酒を飲むことを許可する代わりにちゃんとマナーを守って欲しい、ということだろう。
 辺りを見回していると、私に向かい手を振っている人が見えた。受付の吉村さんである。効くところによると、地元の短大を卒業し就職したのだという。職場には何人か女性がいるのだが、彼女たちはみんな参加してくれているようだ。
 それはそうとして、私は手に持っている袋を見せる。「ビール、買って来ました」と言うと、何人かが「いいぞいいぞ」とはやし立てる。
 私が、「少し時間があるようなので、城を見てきたいと思うのですが大丈夫でしょうか?」と訊ねると、「私も行きたいのですが」という人がいた。どうやら彼は城や歴史に詳しいらしくガイドをしてくれるようだ。「こちらです」という彼に付いて行く事にした。
 その彼は「今までどんな城を見たことありますか?」と訊ねる。そういえば、あまり城は見たことがない。地元の小田原城ぐらいしかない気がしてきた。正直に「実は私、小田原城ぐらいしか見たことないんですよ。大阪城や姫路城は見たいと思っているんですけど」と答えることにした。
 すると彼は「城はロマンですよ」と言いながら、城の薀蓄について語りだした。本当ならば彼の語った城についての薀蓄を書いても良いのだが、書き出すと終わらなくなりそうなので書かなくてもよいだろう。私には「是非、名古屋城は見て欲しい」と念を押された。私は名古屋に行く用事があったら必ず訪れます、と約束をした。
 そうやって歩いていると城の前まで来た。彼の語ってくれた「城はロマン」というのはあながち間違ってはいないようだ。敵から守るための要塞、それが城という役割なのだ。また、城主といのは一帯を治める、今で言う知事みたいなものだ。「一国一城の主」という言葉を聞くが、ともかく城というのは自分のテリトリーといってもよいだろう。城に多くの人が惹かれる理由があると言えよう。彼も城のことを語ると饒舌になり、どんどん言葉がついて出てくる。帰るときも彼は城の薀蓄を語り続けているので、私は聞き役に徹することとした。彼の薀蓄は私たちの職場の場所に来るまで続いた。
 戻ると上司の城島課長も到着しており、時刻は午後6時五分前。花見大会が始まった。私はやはり聞き役に徹することとした。仕事のことはあまり話題に出ず、趣味のことについて話している。上司の趣味は釣りのようだ。昔、大きなクロダイを釣ったことがあり、釣りの雑誌にも掲載されたようだ。
 誰かがカラオケの機械も持ち込んだようで、女性社員とデュエットをしたり、例の城好き社員はAKB48が好きだということが判明したりと、とても充実した夜となった。
 夜9時30分、充分楽しんだということになり、お開きとなった。周りを見わたすと、まだちらほら姿は見えるものの、かなり帰ったような感じである。帰る道すがら、酔いの回ってしまった城島課長を城好き社員と一緒に肩を抱きかかえながら二の丸公園駅まで連れて行くことになった。駅に着き、「どうします?」と城好き社員と考えていると、別の上司が「じゃあ私が城中駅近くビジネスホテルに一緒に泊まりますよ」と答えてくれたので、肩の荷が下りた。
 改札をくぐり「では、私は向こうなので」と答え、階段を上り宮代行き電車を待つこととなった。城好き社員は「じゃ、また月曜日」と私に言うと、城島課長を見ながら手を振ってくれた。
 私は階段を昇り、逆方向へのホームへと向かっていった。

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