城中電鉄 

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夢の中の鉄道


「俺、この前変な夢見たんですよ」

 私が帰省して親戚の家に行ったときの話なのだが、そこの息子がこんなことを言ってきたのだ。

「もしやと思うけど、地球が大洪水に襲われた夢を見てオネショしちゃいましたー、とかそんな話じゃないよな?」
「違いますって。3月に引退したばかりの電車に乗ったと言う話です」

 そうか、コイツは鉄道マニアだったな。どうやら地元の鉄道路線が好きらしい。それが昂じて、そこの路線を基にして架空の鉄道を作っているとか言っていたっけ。私にはよく分からない趣味だが、まぁ趣味というのは得てしてそういうものなのだろう。コイツが鉄道の話をするときは楽しそうに話すので良く分かる。

「で、それのどこが変な夢なんだ。地元の路線が出てくるってのは別に不思議でも何でもないと思うけど」
「それが、車輌はそのまんまで、走ってる場所が外国みたいな場所なんですよ。駅名は何となくイタリアに似てるような気もするんですけど、何と言うか、現実にはありえない場所な感じがするというか」
「ほほう、ちょっと面白そうじゃないの。話してみなよ」

 そう言うと、彼は語りだした。

「えっとですね、どこかの駅に車輌が停まってるんですよ。結構大きい駅で、急行が停まるような感じの。ただ、ここが一番大きい駅と言うわけじゃないらしいんですね。で、緑っぽい服を着た女の子が言うには、この駅で5時間くらい停車して優等列車の通過待ちをしたりするそうなんです」
「5時間って凄いな。駅で電車を見てるだけでも暇つぶしになるんじゃないかな」
「そうそう。凄い種類の列車がどんどん来るんですよ。長大な客車を連ねた編成とか。……あ、『北斗星』って分かります? あの札幌まで行く寝台列車。ああいうののもっと長いのとか来るんですよ。で、1時間くらい待ってると今年の3月に引退したばかりのやつが来たんですね。別にどこにも行く用事がないから、じゃあ乗っちゃおうということで」
「今年の3月に引退したやつって赤と白の特急?」
「いや、通勤電車のほうですね。最後に乗ったのが植物園に行くときだったと思います。とにかく、引退した車輌にもう一度会えた、そして乗れたってだけで感激ですよ。車内の雰囲気はいつもの光景と言うわけではなくて、みんなどことなく穏やかな顔をしてるんです。急ぐと言う雰囲気はなかったですね。電車に乗ってることというか旅を楽しんでるというか」

「昔はそんな感じだったって聞いたことがあるな」
 ……そうなのである。航空機での利用がまだ一般に普及していない頃は鉄道を利用していたが、長い時間をかけて旅をしていたのである。彼の話を聞いていると、そんなことを思い出したのだ。

「何駅か過ぎたところで停車したんですね。30分くらいですかね」
「また通過待ちなのね」
「いや、車掌さんが言うにはそういうことでした。けど、通過する列車が来ないんですよ。いつまで経っても」
「ほうほう。何やらやな予感がするな」
「でしょう。なので心配になって車掌さんに聞いてみることにしたんですね。ちょうど駅員さんと車掌さんが楽しく話していたんです」

「あのう、この電車いつになったら発車するんでしょう」
「あらら、『あの子』また紅茶飲んでるのかしら。……あ、今呼んできますね。もうちょっとしたら発車しますね」

「で、それから20分くらいして発車したんですが、誰も連れて来ないんですよ。でも発車しちゃって。俺はなんかモヤモヤとした感じがしたんですけど、あんまり他の人は気にしてないみたいなんですよ。多分これが普通なんでしょうね。まぁ、俺も特に行くところがなくて気ままに行こうと思ってたんでいいんですけどね。そんな感じのところで目が覚めたんです」
「まあ旅ってそういうものかもしれないな。そんなに急いだってあまり変わらないわけだし」
「でも、もう乗れないと思ってたやつにもう一度乗れたと言うのは嬉しかったです。ますます地元の路線が好きになりました」

 連休が明けて出社するときに電車に乗った。もしもこの電車が彼の見た夢の中の路線で活躍しているとしたら。それは何年後か分からない。その時は、もう一度「この子」たちに会いに出かけたい。


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