城中電鉄 

 ●掲示板 ●トップに戻る
 

俺々架空鉄道探訪・峰山電鉄編「春風弁当」


私がここに引っ越してくる少し前の話になる。

上司から外回りで三浦半島は葉崎という所に行ってもらいたいと頼まれた。
葉崎というのは、峰山電鉄という小さなローカル私鉄に乗って20分くらい揺られたところにあるのだという。

そんなわけで、青とクリーム色の塗装の列車に揺られ旧省線の峰山駅に降り立ったのは12時を回る少し前のことであった。14時に会うと連絡しておいたので、若干時間がある。

……それよりもだ。腹が減った。単純に腹を満たすだけならばハンバーガーショップやコンビニ弁当でもいいのだろうが、ここは観光地である。それにまだ時間がたっぷりある。
ならばどこかの店に入って昼食としてもいいだろう。

峰山駅近くの観光案内所に立ち寄ってみた。白木の建物である。入口には筆文字で「峰山市観光案内所」と書いてある。なかなか歴史のある建物のようだ。

中に入ると、担当と思われる女性が「こんにちは。何かお探しでしょうか」と尋ねてきたので、昼食とそれを食べられる場所を聞いてみる。

「それでしたら、峰山駅に売っている角煮弁当を買って井之桜駅近くの市民公園で食べるというのはいかがでしょう」
それはなかなか味があってよろしい。

葉崎駅の近くに用事があることを伝えると、それならば一日乗車券がお得ですよと返される。
なかなかうまい商売をするものだと感心する。

もう一つ、気になっていることがあったので聞いてみることにする。

「ところで、この建物はかなり昔のものだと思うのですが、いつ頃のものなのでしょう」
「そうですね。私が聞くところによりますと、関東大震災が起こった後に外国人が小さな別荘をこの峰山市に建てたそうです。その後色々あって帰国しなければならなくなったときに、どうせならばと市の方で譲り受けたようなのです。そのままにしておくのは勿体ないということで、耐震工事を済ませて観光案内所として使っているようです」

担当者によれば、こういう建築物が峰山市には至る所にあるようで、建築マニアも多く訪れているとのこと。

礼を言うと峰山駅に向かう。煉瓦造りの駅舎が聳えるとても立派な建物がそこにはあった。
まるで大正時代にでもタイムスリップしたかのような感覚を覚える。そういえば観光案内所から駅までの短い道を歩いているだけでも石造りの建物やレンガでできた建物などがどんどんと目に入ってくるのである。

「賣発符切」と書かれたところで一日乗車券を買い求める。
ここにはICカード設備は不要のようにも思われるが、よく見ると隅にチャージ機が鎮座している。古いだけではないのだなと感心する。

切符を買ったところで、観光案内所の担当から教えてもらった角煮弁当を購入する。
かけ紙には灯台と車両が走っている写真が描かれており、峰山電鉄を代表する駅弁なのだという思いが伝わってくる。
結構な人気なようで、買い求めた時点で残り3つになっていた。

一日乗車券を見せ改札を抜ける。乗車券の脇に鋏を入れてもらう。
駅員さんのカチャ、カチャ、カチャという切符を切るリズムが体に沁みる。

時刻表を見ると、電車が来るまで10分程度あるようだ。
その間に角煮弁当と一緒に買ったほうじ茶を頂くことにする。大正ロマンの薫る駅舎を見ながらだと瞬く間に時間が過ぎる。

列車がホームに入ってくる。乗客もどことなく上品な雰囲気が漂っている。やはり他の街とは何かが違うような気もする。

小気味良い発車ベルが鳴りそろそろとドアが閉まり発車。
加速しながら広場に出る。すごいな併用軌道か。

そうこうしているうちに井之桜駅に到着。ここの駅舎も峰山駅同様趣深い駅だ。今度は西洋建築っぽい。
無人駅のようなのでそのまま駅舎を抜ける。

観光案内所の担当者からいただいた地図によると、市民公園というのは商店街を抜けた先にあるらしい。
この商店街の建物もなかなか趣のある感じがして非常によろしい。

駄菓子屋があったので入ってみた。
紐付き飴を買ってみる。なんか楽しい。あ、いちご味だ。

飴をぺろぺろなめながらとことこと歩きぶらぶらと商店街を抜けると、ちょうど開けたところに公園があった。
今は葉桜となっている樹の近くにベンチがある。腰掛けて峰山駅で買った角煮弁当を頂くことにする。

包み紙を取ると、経木の箱がお目見え。紐を開けて御開帳。
角煮がどんと鎮座し、脇には佃煮と天ぷらとおひたし、それに煮卵が入っている。嬉しい。

自然と口の中に涎がたまる。そのまま角煮と下のご飯を一緒にがっつく。「ほえぇ〜」というどこかのアニメの登場人物が出す声を思わず発した。

なんだこれは。豚肉の中にきっちりタレがしみこんでいるものの、くどくない味。
角煮だとどうしても脂身がきついということもあるのだが、この味付けがご飯に合っているのだ。
勢いで一気に完食。おいしゅうございました。

暖かい日差しを浴びながらほうじ茶を飲む。食後のひととき。

このまま家に帰らずにもう少し峰山市を楽しみたい。そう思い立って会社に電話を入れる。
上司曰く、仕事が終わったらそのまま帰っていいとのこと。
今日は金曜日。明日明後日と休みと都合がいい。

これからどんな出会いがあるのかは分からない。
でも、峰山電鉄が出会いを運んでくれる、そんな気がした。

物語のトップに戻る
城電トップに戻る inserted by FC2 system